やりたいことを見つけるためには

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「やりたくないことをやめて、やりたいことをやる」を実践した2016年。

やりたくないこと、しなきゃと思ってやっていることや私「が」やらなきゃ大変なことになるっと思い込んでイヤイヤやっていること、こうあるべきでしょ、と自分にも他人にも押し付けてきたこと、というのはわかりやすいから比較的取り組みやすかったです。すごく勇気がいったけど、何をやればいいのかは明確だった。

でも、その次の「やりたいこと」というのは、なかなか分からなくて迷走しました。今ふり返ると、2016年は「やりたいこと」を探り続けた一年だったと思う。

探り続けてわかったことは、心の底からやりたいことは、その手前の「ちっぽけな」やりたいことを片付けないと、出てこないということ。

今年の前半はお金の使い方を通して、セルフイメージを変えていく練習をひたすらやりました。

今まで「高い」という理由で自分に買うことを禁じていたものを買ってみたり(スタバのコーヒーとかそういうレベル)、スーパーで買うものを値段ではなくときめくかどうかで選んだり、お金を払うときに、どこにお金を流すかを意識して払う練習などをコツコツ続けました。

一生お金に困らない生き方 (PHP文庫)

お金を受け取ることとお金を出すこと。

安いものより高いものを選んでおけばいい、という横着な選び方をしてしまったこともあったし、一周回ってまた「損したくないから買っておこう」という考え方に戻っていることに気づいたり。まだまだ練習中だけど、昨年までとは劇的に変わったことのひとつ。

あとは、行きたい場所やしたいことを書き出して、ひとつずつやっていきました。好きなスタイリスト、山本あきこさんの本を読んで、片っぱしから服を買いそろえたり、コンサートに行ったり、映画を見たり。

いつもの服をそのまま着ているだけなのに なぜだかおしゃれに見える

そうしてしたいことを考えて地味に実行していく間、どうしても「本当にこれでいいのか。サボっているだけじゃん。でも、ぢんさんはサボれって言ってるし」とぐるぐるするんだよね。そういう時間が結構ありました。自分で自分を責める、という癖を手放すのは難しくて。今でもあまりうまくできていないけど、それでもいいんだと思える時が少しずつ増えてきました。

そうやって過ごして年末近くになってわかったことは、地味な小さなやりたいことをとにかくやっていくしか、自分の情熱に近い「やりたいこと」は現れないということ。

ちょうど、散らかった部屋と同じで、床に落ちた不要品の山を片付けていかないと、その奥にある扉さえ目に入らない。

だから、今はまだ「これをぜひやって生きていきたい!」という情熱を注ぐものがないように思えても、小さなやりたいことをひとつひとつやっていけば、誰にでもちゃんとやりたいことは見えてくるのだと思っています。

「好きなこと」だけして生きていく。

以前は服をバッチリおしゃれにして、ばりばり働く女性が憧れだった。

だから丸の内OLもやってみた。

やってみたら、服を選ぶのも買うのも別に好きじゃない(からスタイリストさんにおまかせしたい)こと、ばりばり働くのは性に合わないことがわかった。

エッセイストになって文章を書くことによって生計をたてて行きたい、と思って、あれこれ試してみた。

それでいっぱいいっぱい書いてみたら、突然また絵を描きたくなった。どっちもやりたい。どっちも好きなのが自分だとわかった。

何でもやってみないとわからない。自分に不安があるからそれをやりたいのか、魂からやりたいことなのか。何でもやってみるしかない。

谷川俊太郎さんの言葉に、「やりたいことをやり尽くして、そこからが人生のスタートだ」というのがあった。数年前にそのことばを読んだときは、全然意味がわからなかった。今は心からそうだと思える。

いいかげんに、生きる

(この記事は、前身のアメーバブログから転載したものです。)

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