GW明けに焦燥感が抜けてきたこと、夢見と明恵の展覧会、甘えの構造が面白いことなど

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昨年末(2018年12月)にパートナーのペロちゃんとのお部屋を解約して実家に帰り、はや半年が経とうとしています。

ぺロちゃんはその後、駐在先のホーチミンから一度も帰国しておらず、この半年間、ふたりとも今後の関係をどうするか静観しながら過ごしてきました。連絡を取る頻度も今までで一番低いです。なんだかお互いに異なる世界に生きていて、それに対してどうしようもない、という感じ。なんとなく釈然としないけれど、具体的に今の状況を変えるわけにもいかない、というふたりの関係をタロットで占ってみたら、「吊るし男」が出たのであきらめがつきました。

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そもそも天王星がおうし座に入る前、昨年の10月に瞑想合宿に参加して心の底にあった大きな怒りのエネルギーが取れ、両親と向き合う準備が整ったのが今の生活に入るきっかけとなり、それとともにペロちゃんとの関係も見直すことになった本当に大きな変化の時期でした。

この半年間に仕事のこと、ペロちゃんとのこと、今後の生き方を考え続けてきて、心情が少しずつ変化してきたのをはっきりと感じています。始めの頃は混乱とパニック、焦りと怒りと不安でいっぱいでした。それから徐々に地元での暮らしになじみ、この長いゴールデンウィークのお休みで、そのゆっくりとした変化が明確になった感じがします。

ゴールデンウィークの両親との台湾旅行は、昨年末に始まった実家暮らしのひとつの節目でした。つい半年前まで両親との関係に悩み、絶縁したいとまで思っていたのに、3人一緒に5日間も行動をともにするのですから、行く前からずっとナーバスでした。

不安でいっぱいの旅行は、瞑想と仏道修行のおかげで怒りに飲み込まれることもなく、おかげさまで無事に過ごすことができました。

瞑想の方は、小池師匠が解脱に失敗してからすっかり気が抜けてしまい、続けてはいるものの、もはや解脱を目指すことは諦めて、ただ自分の心の状態を整えるために必要最低限の瞑想をするにとどまっています。それが結果的には良かった、ということもわかってきました。

仕事の方は、翻訳で、占星術で何とか生計を立てなければ、という意気込みがだいぶ消えて、占星術講座と書籍の代金くらい稼げればいいや、あとはぼちぼち翻訳会社のトライアルをこなして登録を続けて、あまり強気のレートで押し切らずに(高く設定したせいで全く依頼が来ない)いこう、心屋さんの言う通り、「自分でなんとかしなくちゃ」と存在給の下がることばかりせず、運任せ風任せ人任せでやろう、とやはりこちらもちょうどよく脱力してきました。

ペロちゃんとのことも、今はまだ行動を起こす時ではない、というのがお互いの感じているところなので、引き続き静観していこう、となりました。お見合いしないといけないのではないか、とか家族の会社に入るべきではないか、という力みも取れました。

結局、状況はほとんど変わっていません。相変わらずペロちゃんとは離れ離れだし、仕事は内職程度だし。でも悩み切ったおかげで、絶対自分でいますぐ生計を立てなくては、とかお見合いを急いだ方がいいのでは、とかペロちゃんの想いを取り戻さなくては、とかいう切迫感が消えて、楽になりました。

実はこの焦りのピークは台湾旅行に出かける前日だったのかもしれません。両親との密な時間を乗り越えたことにより、自分はもう両親に飲み込まれずにいられる、という自信がついたのかも。そういう意味では、観光旅行には全くなんの意味も見出せない、と思っていたけど、やはり行く意味があったようです。

そうして帰国してから、よく印象的な夢を見るようになりました。

まずは旅行前に見たものですが、母親が嫁入り道具に持ってきた大きな鏡が天井に打ち付けられていて、それを誰かに取り外してもらおうとしていると、その人が鏡を割ってしまい、母が私に怒りをぶつける夢でした。母親の大事なものが割れてしまったけど、それは私のせいではないし、仕方のないことだ、という冷静な気分でした。もはや母親の価値観に左右されることはない、ということを再確認したのかもしれません。

そしてGWの旅行から帰国してすぐ、ずっとうまくいかなかった男性の恋人とやっと仲直りして、抱き合って心から安心する夢を見ました。これはアニマを取り戻したということでしょうか。心底ホッとして安心した感じが印象的でした。

今朝は四角い池がいくつか地面に口を開けていて、プールかな、と足を入れようとすると、肉食の魚が飛び出てきて危うく食べられそうになる、というショッキングな夢を見ました。他のプールもよく見ると、地獄のように肉食の魚たちがいっぱいいて、池の外にいても危険なので、反時計回りに逃げました。

池のそばには母もいて、「あぷない魚がいる」という情報を共有しましたが、母の存在は曖昧です。この夢はどう見てもグレートマザーに飲み込まれそうになっていたところを間一髪助かった、というものです。そして、もはや地上の母よりも、もっと大きな母親的存在が口を開いていた、ということです。四角い池は、4番目のサインのかに座を表しているようです。四角いという点も池というのもかに座の象徴するところです。この池の底に無意識の世界が広がっていて、底に飲み込まれたら、地上の人格は危機に陥るのだと思います。私の出生図の4ハウスにある冥王星は、早くもICに穴を開けたのでしょうか。私がずっとその元に帰りたいと思っている宇宙の母は、実は(この世の私という人格にとっては)とても危険な存在なのかもしれません。

それから、公衆電話ボックスにペロちゃんと、ペロちゃんのお姉さんと3人で入っていて、そこからペロちゃんのお母さんに電話をかける夢に移りました。私が受話器を持ってお母さんの話を聞いていました。ペロちゃんのお母さんの話は、ペロちゃんが帰省したときの愚痴のような感じで、メモして聞いていたわりには、全然大事な話ではありませんでした。このシーンはその割合強烈なキャラクターのお母さんと、電話というほどよい距離感で話ができているのがいいな、と感じました。母、というテーマが前半の夢と共通しています。前半の夢の衝撃を和らげるかのように、もっと現実的で安全な距離感で母的存在とコミュニケーションできている、というのがポイントだと思います。

こういう一連の印象的な夢を見るときは、心の中で変容が起きているときです。以前、ユング式カウンセリングに通っていたときは、もっと印象的な夢をたくさん見ました。

そんな折、ちょうどGWの終盤に、大阪中之島にある香雪美術館で、夢を記録し続けた修行僧、明恵上人の展示「明恵の夢と高山寺」が開催されていたので、見に行ってきました。

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ユング心理学と河合隼雄先生の本をよく読んでいた頃、河合先生の『明恵夢を生きる』という本を読んで以来、明恵上人はずっと気になる存在です。

展覧会では、明恵上人のゆかりのある高台寺から、明恵上人の手による夢記や上人の肖像画などが多数公開されていました。

なかでも面白かったのが、明恵上人が犬を苛める夢、可愛がる夢を見ていたというものです。 松村潔先生によると、犬というのは占星術の月を表し、低次元の自分の癖などを表します。仏道修行ではこれをおさえるというか、手なづける必要があり、それが夢として現れたのだろうか、と考えてしまいました。

当日の朝にツイッターでたまたま知った展覧会で、明恵上人の空気に触れて、夢を介して無意識との交流を図り、修行の手がかりにする、というその生き方を再確認できてよかったです。

近頃また深層心理学への関心が再燃しているので、ノエル・ティルさんの本に加えて、河合隼雄先生の本を読み直したりしています。

特に両親と暮らすなかで、特に台湾旅行を通じて、互いの「甘え」がとても気になり、今は土居健郎『甘えの構造』『続 甘えの構造』を読んでいます。これが目から鱗でとても面白いです。「同性愛的感情の本体は甘えである」など、今まで考えたことのなかった部分に光を当ててくれる名著です。この日本人に特有の甘え合う関係、今までなんとなく避けてきた苦手意識のある部分を言語化してくれているので助かります。

(ちなみにペロちゃんの名前の由来はさくらももこさんのアニメ、コジコジのキャラクターです。ぼびおがやかん君みたいにすぐに興奮するため)

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