映画『キャスト・アウェイ』を観てメモ【ネタバレあります】

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昨夜、netflixでトム・ハンクス主演の『キャスト・アウェイ』を観ました。いくつか考えたことをメモ。

秘密ネタバレとか特に気にしていないので知りたくない人は読まないでください。

あらすじ

主人公は物流会社FedExの管理職。貨物機で北米から南米に向かっているときに飛行機が墜落して、主人公だけが無人島に漂着する。その後、ひとりで生き延びることに。帆になりそうな板が流れ着いたのをきっかけに、島から脱出して救出されるべく筏を作って、ふたたび漂流する覚悟を決める。

バレーボールのウィルソンを見捨てるシーン

島に漂着した荷物のなかにバレーボールがあった。このバレーボールについた血のりをぬぐいとって目鼻に見立て、ウィルソンと名付けることにより、孤独をなぐさめる主人公。話しかけているうちに、このボールが唯一無二の親友になる。

島から脱出するときにもウィルソンを連れていくが、寝ている間にウィルソンが海に落ちてしまう。気づいてすぐに救出に向かうが、波に乗って遠く離れていくウィルソン…「すまない…」と号泣する主人公。

パートナーや何か心の支えとなるものがある強さと弱さ。主人公はウィルソンがいたからこそ、孤独を乗り越えることができた。しかし、島を離れ、ウィルソンと別れて完全に孤独になり、何も失うものがなくなったからこそ、救出されたのではないか…といううがった見方をしてしまう。

自分の安全、コンフォートゾーンを残らず手放して死の淵ににじり寄るときにようやく救いが現れる、という元型的物語。

もし主人公ひとりではなくて、誰かもうひとりと漂着していたら…?

ひとりで4年間、架空の友人とともにひとりで生き抜くのも辛いけど、限られた空間で強制的に誰かとふたりきりで生きていくというのもかなりしんどい。

漂着して三年目、自殺しようとしたが、頂上から首をつっても死ねないことを知る主人公。死にたくても死ねない。死ぬまで生きているしかない。

このシーンを観て私は、「そうか、死のうと思ったらいつでも死ねる、というのは真実ではないんだ」ということに改めて気付かされた。当たり前のことかもしれないけれど、死ぬのはそんなに簡単じゃない。
「自分の」命、「自分の」人生だからコントロールできる、とつい思ってしまいがちだけど、そうじゃないんだよな、ということを考えたシーン。

最後に占星術的観点からどうしても目についたこと。

占星術の四元素がきわだつストーリー

1.漂流後、飛行機の非常用ボートが奇跡的に島に流れ着く。「土」

2.ココナツを割ってココナツジュースを、その殻に朝露を集めて「水」を手に入れる。

3.どうしても火がなくては、と必死の思いで「火」を熾すことに成功する。

4.最後に島から外海へ出ていくために、帆を使って「風」の力でどうしても越えられなかった大波を乗り越える。

やはりどの要素が欠けても生きながらえることはできない。

主人公の性格が土星的

物流会社の管理職として精を出していた主人公は、「時間は容赦なく迫ってくる。時間厳守だ」が口癖。自分にも社員にも徹底して時間厳守を貫き、それを馬力にしているようなところがある。このキャラクター設定はちょっと不自然なほどで、土星、クロノスと火星との組み合わせを色濃く感じる。主人公は島で数年間生活したあとでさえ、時間の制限を意識して自分を追い立てていく。

ただ呼吸するだけ

ほかにもいろんな見方から考えが広がっていくような映画でした。最後、婚約者と再開するシーンには涙。もし自分なら…と考えずにはいられません。

一番心にしみたのは、主人公が達した「何があっても、ただ呼吸し続けていくだけだ」という境地。

婚約者との別れを決意した主人公が暖炉の前で友人に、「生きる意味を失っても、ただ生きていくしかない。そうすればまた、潮が次の世界へ繋がる何かを運んできてくれるだろう」と語ります。

焚き火の前でバレーボールを友人として語りかけてきた暮らした4年間の後との対比もくっきり現れているシーンです。

飛行機に乗る前に見るのはお勧めしませんが、またいい映画にめぐり合うことができました。

(この記事は前身アメーバブログから転載したものです)

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