高野山へ、久々の町石道巡礼

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昨日は彼女に誘われて、数ヶ月ぶりに高野山への町石道を歩いた。初めて登ったのは昨2017年2月。初めて歩いてからまだ一年ちょっとしか経っていないのが意外なほど、親しみを感じている巡礼路だ。

高野山のふもとの慈尊院から丹生官省符神社を経て、高野山の金剛峯寺までの180町を歩くのがわたしたちふたりの定番。高野山で宿泊するときや電車で帰るときには、そこからさらに奥の院までの37町(御廟を含めて38町)をたどる。

今回は、金剛峰寺で折り返して丹生都比売神社まで戻ったので、奥の院には行くことができなかった。途中から雨が降りしきり、梅雨らしい道ゆき。大きなシダの葉っぱが雨にゆれ、大小のカエルがそこここで飛び跳ねる。沢ガニが道を横切り、ほとんど川下りのような水浸しの場所もたくさんあった。いつもは歩いているとすぐに暑くて汗がにじむのに、思ったほど蒸し暑くないどころか、足早に歩いていても上着を脱げないほど肌寒かった。午後には霧が立ち込めて、雪道を歩いたときより寒かった。

はじめの頃は片道7時間半かけて歩いたが、道に慣れたことと、靴をビブラム・ファイブフィンガーにしたこと、歩き方をナンバ歩きに変えたことなどによって、ここのところは決まって6時間弱で歩けるようになった。

町石道の守り爺と曼荼羅世界

町石道を歩くときには仏である町石ひとつひとつにお参りして通る。これは町石道に初めて足を踏み入れたとき、町石道の守り爺が教えてくれた。これまでほかにそうして歩いている人を見かけたことはない。その老人は、170町石あたりで、町石ひとつひとつに手を合わせながら、ゆっくりと歩いていた。

 聖地としての通信施設の近くに巫女がいたり、説明爺とか守り爺がいるのが日本的な光景である。惑星グリッドという大きな輪に接続する、下位のインターフェイス としての役割が彼らに与えられている。つまり人と宇宙をつなぐ。

松村潔. 『アメリカでブルース・モーエンと話をした』 (Kindle の位置No.757-763). matsumurakiyoshi. Kindle 版.

杖をつき、服装も常人とやや趣を異にするその老人は、通りすがりに挨拶をすると、「シッ!ほら、あそこにおるじゃろ、ほれほれ」と道の先を指し示した。何か動物がいるのかと思ったけど、よくわからなかった。わりと長い時間そうして待たされて、そのときは「変なおじいさんだ、早く先に進みたいのに」、とやや疎ましく思っていたけれど、まだ町石道という言葉も、それが高野山まで続いていることすらも知らなかった私たちは、そのときのおじいさんを真似て、町石に手を合わせながら登リ始めた。以来ずっとそうしている。あとになって、昔の人はそうして町石ひとつひとつにお祈りしながら巡礼した、という話を知り、「あれが説明爺だったのか」と思い当たった。

町石は、古代インドの五大思想を反映した五輪等の形をしている。下から順に、土、水、火、風、空をあらわす形の石が積み上げられている。町石道を歩き始めた頃、ほとんど時を同じくして西洋占星術を学び始めた。占星術には、土、水、火、風を偏りなく残らずあわせもつことができれば、第五元素としての空を手にできる、という四大元素思想が織り込まれている。ピラミッドの土台が四元素(土、水、風、火)を表し、土台が完成すると、その頂点に第五元素(空)が宿る。

占星術を学び進めるにつれて、町石道を歩きながら、それまで考えたこともなかったこの「四元素をそろえてひとつうえの次元に上がる」、ということを考えるようになった。

心星さんのピラミッド型オルゴナイト。

高野山の祖、弘法大師・空海が中国から持ち帰った両界曼荼羅のうち、胎蔵界曼荼羅の真ん中に居る大日如来の印相が「水」、金剛界曼荼羅の大日如来は「火」を表すそうだ。

水は六角形で、外の三角形と内の三角形が呼応し合うかたちになっている。水には互いにくっつけきあう性質もある。仲間を増やし、影響を与え会うのが胎蔵界の智慧のあり方だ。

これに対して、火は五角形。五角形は一辺の長さと対角線の長さが黄金比になっている。植物はこの黄金比の角で葉をつけるため、どの葉もしっかりと日光を受けて、成長しつづけることができる。金剛界の智恵には、何かを妨げたり妨げられたりることなく無限に広がり、異質のものを弾き飛ばす性質がある。

「水」の胎蔵界曼荼羅がこの世、現世的つながりに関する智慧だとすれば、「火」の金剛界曼荼羅はあの世、非物質的エーテル的つながりに関する智慧なのかもしれない。そういうことも、占星術を学ばなければ、考えもしなかった。

黄金比に沿った葉や実の配列は、身近な野菜や植物にもよく見られる。これはブロッコリーの仲間のロマネスコというおいしく美しい野菜。(Photo by Lauren Lester on Unsplash)

 

母親想いのお大師さま(空海)

高野山をひらいた空海、弘法大師のことをこの地域の人は「お大師さま」と呼ぶ。これも和歌山に引っ越してきて初めて知ったことだ。町石道は、お大師さまが高野山の麓の慈尊院へ母親を訪ねて月に九度訪ねた道なんだそう。片道22キロ、奥の院からは24キロ。この距離を月に九度往復するのは並大抵ではないです。体力はもちろん、時間も相当かかる。お大師さまはご母堂への月九度の訪問を、いったい何年くらい続けたんだろう。

母親から精神的に自立していないと、あんな偉業を達成できない。いったいどんな精神的距離感で母親と付き合っていたのか。自分は母親のために月に9回もこの道を往復することはできない。母親から精神的自立を果たしていれば、赤の他人に対するように親切になれるのかもしれない。母親の期待に応えることと、一人の人間として誠心誠意支えることの間には大きな隔たりがある。今回はそういうことを思いながら歩いた。

歩くだけでご利益を実感

今回の町石道巡礼には、パートナーとの関係のいざこざにヤスリをかける、という意味合いもあった。バートナーが先週の誕生日に、経済面で溜まっていた想いを噴出させ、話し合いをしながらも、互いに気持ちの折り合いをどうつければいいのか思いあぐねていたのだ。

町石道を一緒にたどると、慈尊院から大門までの6時間の間に、いらない「つきもの」がどんどん落ちて行く。パートナーとの会話も、歩き始めは普段の愚痴や不満の含まれたものだったのが、清々しい空気の中を黙々と進むうちに次第に無口になり、感謝の言葉や心と体とのつながりに関する発見などを互いに報告するようになる。

町石に手を合わせるときにも、最初は自我たっぷりの抱負を胸の内で語ったりしていたのが、最後の方にはただただ歩けたことへの感謝の念しか出てこない。高野山の清浄結界に入る頃には、パートナーともども顔つきが明らかにスッキリして、肌が艶やかになり、瞳が輝いている。こうして一緒に町石道を一歩ずつたどると、毎回そのご利益の大きさを実感する。ひと悶着あったあとに仲直りして、それまでなかったところにシワができたまま表面が滑らかになり、また違う趣の付き合いになってきたのがうれしい。

高野山の天然石工房&カフェ心星さんへ

高野山の大門から金剛峯寺の間に、お気に入りのカフェ&天然石のお店、心星(しんせい)さんがある。金剛峯寺で町石道を歩き通せたお礼参りをしてから、お邪魔した。まずはバリスタ・マスターの作るこうやくんカプチーノ(冒頭写真)とサンドイッチでひと休憩。サンドイッチは初めていただいたのだけど、マスターの手作り、卵焼きが温かくて、サラダのドレッシングが好みの味、とてもおいしかった。

相方のカプチーノはライオンさん

以前にここで作ってもらった天然石のブレスレットが切れてしまったので、石を足して修理してもらう心算りで切れたブレスレットを持参していた。切れたのはちょうど、占星術の学習がひと段落したところ。前回選んだ石の中には、知らなかったけれど、勉強を後押ししてくれる石を選んでいた。前回のテーマは一旦終わり、次のテーマに向けて、新しい石を選ぶのを心待ちにしていたのだ。それに、毎回新しく入荷された石を見るのも楽しみだ。

新しいブレスレットには、濃いアメジストと、あとラピスラズリと黒っぽい石をふたつ(多分オブシディアンとラブラドライトかな)、足すことにした。この石を選ぶ時間が自然と集中してしまって、楽しい。前のブレスレットで気に入っていた石はそのまま入れてもらった。購入した石たちは、マスターがセージで浄化してくれる。高野山、天然石、カフェ、信頼できる店主、という要素が揃っているのはほとんど奇跡だ。パートナーもコーヒーがおいしくてくつろげる、とこのお店を気に入っている。

ブレスレットのほかに、一年以上水晶透視を続けていてもう少し大きな球で見たくなったので、新たに入荷されていた水晶丸玉のなかからひとつ選んだ。アメジストの丸玉も心惹かれたが、今回はこらえた。

お店のFacebook ページ

天然石工房&カフェ 心星さんのブログ マスターのブログキャラはけっこうぶっ飛んでるけど、そのお人柄は誠実で真剣そのもの。

これまでの町石道巡礼記録

ここで今まで町石道を辿った記録をまとめておくことにした。

2017年2月 町石道に関する知識が全くないまま、慈尊院〜六本杉〜丹生都比売神社〜大門を歩いてしまう。矢立あたりで日没してしまったが、懐中電灯を持っていたおかげで、雪道をなんとか歩き、最終バスに乗ることができた。ほぼ遭難体験。丹生都比売神社の時点で15時だったが、軽い気持ちで歩き始めてしまった。無知は怖い。

同年5月 自宅から慈尊院を経て町石道を歩き、帰りは電車で帰宅。この時は奥の院にご祈祷をお願いして、さらに女人道の弁天岳にも登る。奥の院手前の休憩所では、奇跡のタイミングで法話を聞くことができた。そこで初めて、町石道が両界曼荼羅に対応していることを知る。帰りは笠田駅の温泉施設、八風の湯に寄って帰宅。

同年 7月 宿坊を予約して二日間で往復した。福智院泊。ほぼ温泉高級宿の趣き。この時も奥の院まで足を伸ばしたが、思いのほか遠くて(大門から3〜4キロある。往復で7キロ)、水も持たずに気楽に歩き始めてしまって、あとでかなり辛かった。

同年11月 熊野古道小辺路の前入りとして、町石道を歩いた。7〜8キロのバックパックを背負っていたが、この時初めてビブラム・ファイブフィンガーを履いて登り、歩きやすくて慈尊院出発から6時間で大門に到着。スリーエスで習った伸びウォーキングの姿勢で歩いたけど、それでもさすがに疲れた。宿坊では寝付けず、ストレッチしてようやく眠ることができた。正智院に宿泊。

2018年 1月  雪の積もる高野山へ、分けあって昼頃に出発。懐中電灯で雪の中を歩く。途中から引き返すつもりだったが、雪が凍っていて滑るので、登り切ることに。着いたのは午後7時くらいだった。登り終えてから、ハタとお金をちゃんと持ってこなかったことに気づく。当時はまだ夏の台風の土砂崩れの影響で南海電鉄が不通だったため、代替バスに乗るしかない。運賃分はなんとか足りて、セーフだった。

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