何かからの卒業と中退 生きていく目的とは

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心屋さんのこのブログを読んで、「翻訳という仕事」からの卒業について考えたいなーと思った。

 

でも、その場所を「中退」するのと

「卒業」するのはまた違う。

 

もう十分、か

もういいや、か(嫌

 

その場所で学ぶことを学んだか

その場所で学ぶことを放棄したか

 

前回の記事で「もう翻訳という仕事は辞める」と書きましたが、そんな時にこれを読みました。自分は卒業するのか、中退するのか、どっちなんだろうと。

翻訳という仕事、と一言で言っても、どこかの会社で社内翻訳者として働くのと、自営業で翻訳会社から仕事を下請けするのとではまるっきり違います。要は会社員として働くか、自営業者(あえてフリーランスとは呼ばない)として働くかの違いです。

で、私は社内翻訳者としてはもう「卒業」しました。これははっきり、もう十分、という感覚があった。

でも自営業者としては、まだまだやれることはあるだろうな、と思っています。自分を売り出す力(火星)、交渉する力(太陽)、スタイルを確立する力(土星)など、まだまだ開発し切れていない分野があるからです。

(会社員時代は、月と水星と、ちょっと太陽を使っていれば十分でした。)

 

それでも自営の翻訳業を中退したいのは、違う学校に入りたいから。もっと自分の資質を幅広く使う業態で自営を経験したいと思っているんですよね。

だから翻訳業の自営業はもういいや、中退で、と思う。そして、これからは心理占星カウンセラーとして自営業をやっていきたいのです。

 

中隊といえば、ぼびおには大学院を中退した経歴があります。卒業に必要な単位は取っていたけど、卒業論文だけはどうしても書く気になれませんでした。社会開発に関する研究室だったんだけど、開発援助で人が幸せになるとはどうしても思えなくて、論文の「背景」が書けなかったの。

今では開発援助も人の生活を支えるうえで必要だということはわかるけど、今でもやはり、自分がピンとこないこの分野で論文を書くことはできないと思います。自分のフィールドじゃなかったからです。

そうして研究に行き詰まるとともに、自分が何を目指しているのかがわからなくて鬱になり、新聞社でアルバイトとして翻訳の仕事を始めたんです。3ヶ月後にはフルタイムで働くようになりました。

そもそもその鬱になったのは、親の価値観の通りに一流大学に入って、なーんにも考えずに、とにかく就職するのが嫌で大学院に進学しただけだったから。当然の帰結でした。

翻訳というお仕事はぼびおにとっての松葉杖です。鬱なのに社会に出ていくことができたし、自信になった。

でも3年も経つと仕事にもすっかり慣れて、もうその職場で学べることはなくなっていました。そんな時に東日本大震災があり、パートナーが関西の会社に転職(といっても海外駐在だけど)してくれて、関西に帰ってきたというわけです。この時に社内翻訳者という仕事からは晴れて卒業して、自営業者になりました。

途中自営では全然お金にできなくて、会社員に戻ったり、無職になったり。

で、今回のパートナーとの別居、という大きな転機というか危機に直面して、翻訳という松葉杖をもう一度倉庫から引っ張り出してきました。2年間ほったらかしていたけど、使えそうだったから。でもこの半年間松葉杖で歩いてみて、本当はもう、自分の足で歩きたいんだということがわかりました。

 

36歳の今までずっと、初期家庭の問題を抱えてきた私。多分一生かけて取り組むことになるんだろうと思います。

結局は誰にとっても、自己の内部で分散した要素(惑星)を統合していくというのが一生の仕事なのだろうと思います。ユングの言うところの自己実現ですね。

それを達成するためにこの人生があり、生活があり、仕事があるのだと。

子どもの頃から、どうしてこんなに辛い思いをしてまで生きていかなければならないのだろうと思っていたけど、おそらくはそのためなんだということがわかってきました(遅)。

ついついダブルスクールしたくなっちゃうけど、きちんと「退学届」を出せるかどうか。今のぼびおてきバンジージャンプはそこにあります。

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