内向的性格は辺境を開拓するためのものーモヤモヤの理由がわかった

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先日、親との関係、これからの生き方という「過去と未来の悩みとモヤモヤ」がどちらも一挙に解決する考え方に出会いました。

それは「外向的資質は社会を維持するために、内向的資質は辺境を開拓するためにある」というものです。

きっかけとなったのはこのツイートです。人はみな、内向型と外向型を両極とするグラデーションのどこかに位置しています。

August 19, 2018

 

その結果、オセロの黒がガラリと白に変わるような体験をすることになりました。

この本がほかの内向本と一線を画しているのは、 「外向的な人は既存社会を維持することに向いているのに対して、内向的な人は社会から外れた未開の地、辺境を開拓することに向いている」

という考えを出発点としているところです。

(筆者は「境地」と書いていますが、境地はどちらかというと「禅の境地」というように、修行の末に得た心の状態を指すので、辺境の方が文脈にあっていると思い言い換えました。)

ここでいう辺境というのは、まだ世間的には認められていない、評価されていないものです。ニッチな分野、オタク、マニアの世界、なんの役に立つのと言われる研究、音楽、イラスト、小説、マンガ、無駄なもの、ばかにされがちなもの、お金や名声に直接結びつかないもの全般をさします。

本書では、内向的な人が生き生きと過ごすためには、社会の中心に適応しようとするのではなく、むしろそこから積極的に外れて辺境へ向かい、好奇心の赴くままに、好きなことを追求する生き方をしたほうがいい、と提案しています。

この考え方は、『ずっとやりたかったことを、やりなさい』『ソース』などのベストセラー本とまったく同じです。

よく「内向的な人は無理やり外向的にふるまう必要はない」と言われます。

そうは言っても、外向的性質が良しとされる社会でなんとか生きていかなければならないと思っているかぎり、生きづらいことに代わりはありません。社会維持型の価値観に沿った行動ができないことに罪悪感を感じたり、自己否定にエネルギーを使ってしまいます。かといって自衛のために社会に参加せず引きこもっていると、そのこと自体にもやはり罪悪感を感じてしまいます。

社会を安定的に維持するには、できるだけ収入を増やし、できるだけ安定したポジションを確保して、社会から排斥されないような服を着て、みんなと同じ考えに染まり、人と違うものを排斥する姿勢が求められます。

しかしこれは、辺境を開拓する内向的性質を殺す生き方です。

内向的性質を生かすには、社会から外れて辺境に出て行っていい、むしろそうするべきだ、という考え方は斬新ですが、救われる人が多いと感じています。そこでは生きづらさの原因となっている内向的資質が全部利点になるからです。

もちろん人間には基本的に内向的な面も外向的な面も両方ある

もちろん人間は完全に外向型と内向型とに明確に分けられるわけではありません。この点は『内向型の生き方戦略』にも書いてあります。ほとんどの人が中間型だと思います。

外向性と内向性、どちらかが強く、どちらかが弱い。それは人生の時期によっても変わるし、一緒にいる人との相対的関係の中でも変わります。

ただ今現在感じている内向的な自分の性質を、外向的価値観に合わせて黙殺しようとした結果、なんだか毎日がくすぶってモヤモヤしている人は少なくないはずです。

中間型の人も、自分のなかにある内向的性質を否定したり抑え込んだりせず、無駄なことに時間やお金を使っちゃいけないとか思わずに、趣味などで発散すればいいですよね。普段外向的価値観の社会で周りに合わせている人ほど、内向的側面を開発する方がバランスが取れていいのではないでしょうか。

昼休みにひとりになりたいなら、嘘をついてでもひとりで過ごしていいし、

休日に誰とも連絡を取りたくないなら、取らなくていいし、

人にバカにされるような気がする趣味があるなら、人から見つからないように(ヤイヤイ言われてエネルギーを奪われないように)隠れて堂々と取り組めばいいし、

結婚せず、子供を持たずに好きなことをしたいなら、何ら罪悪感を持つことなくそうしたらいい。

むしろ自分は今、ガチガチに殻で覆われた社会に新風を吹き込んでいるんだ、と堂々としているくらいでちょうどいいのだと思います。

本当に毒親だったのか 過去のモヤモヤ解決

今まで悩んでモヤモヤしてきた親とのすれ違いも、辺境を開拓するという内向的価値観と社会を維持するという外向的価値観との違いを知って、ようやく最後の落としどころを見つけることができました。

社会維持型の価値観を持つ親は、この社会で子供が優位に立って生きていけるような社会維持型の価値観を伝えようとします。

いい学校に入り、安定した地位と仕事を得るべきだ、という考えのもとに勉強させて、イラストレーターや漫画家や小説家になりたいという夢の片鱗でも見せようものなら、即座に叩き潰します。叩き潰さないまでも、苦い顔をするでしょう。子供のため、という思いから、心を鬼にして創造的才能の目を摘み取ります。

これは内向的性質の強い子どもにとっては死ぬほど辛いことです。

つまり、社会維持型の価値観の人が愛情を持って子どもを育てたら、内向的こどもには毒親に見えるということです。

『内向型の生き方戦略』には、社会維持型は生活必需品を生産して、辺境開拓型は新しいライフスタイルを作り出す、と書かれています。まさにぼびおの実家は、生活必需品を生産する家業を営んでいます。 そして、ぼびおの母親は芸術家気質で内向的性質が強いにも関わらず、外向的価値観の強い家にお見合いで嫁ぎました。

母は家業継ぐ長男の嫁として、義両親から内向的性質を徹底的に叩きのめされました。そういうこともあって、子供はなんの苦もなく外向的価値観で生き抜けるようにと学歴のために教育ママになり、結婚と子育てをするのに有利な容姿と性格を身につけるよう求めたのかもしれません。

そのとき子どもだった私からみると、何もかもが地獄のように見えたし、実際母親にとっても地獄だったんだろうなぁ〜と思います。そして、それは単に全員が自分と相手をよく知らないために起きたすれ違い事故だった。全員自分のため、子どものために必死で生きていただけでした。

辛い子ども時代を過ごした人は、その時に着てしまった鉄のヨロイを脱いだ時、魂がポゥ〜っと浮かばれるというのを今回実感しました。人生はそういうゲームなのかもしれない。次元をひとつ上げると、見えなかったものが見えてきて、ひとつずつ重石が外れていく。すると、川底から浮かびあがり、流れに乗りやすくなる。今回の気づきを通して、そういう仕組みなのかな、と思いました。

なぜ愚痴を言うばかりで自分を変えようとしないのか、なぜこんなにもモノを溜め込むのか、なぜ常に連絡を取っていたがるのか。これまでに両親に対して抱いていた疑問も、家族が社会維持型の価値観で生きているからだ、とわかって解消しました。

もちろん、親との問題も問題を生む構造を理解するだけで解決することにはなりません。たまっていた感情を表に出す作業は避けられないものだと思います。これから両親とは距離を取りながらも、素直に感情を伝えられるようにしていきたいと思っています。

この生き方でいい 未来のモヤモヤ解決

自分が辺境開拓型だとわかって、これからの人生の方向性にも自信が持てるようになりました。

心屋さんのお金の本に出会って、翻訳の仕事を辞めて完全に理想的な生活ができるようになっていたにも関わらず、「パートナーの収入に頼って好きなことだけする生活を続けていていいのか、自分でしっかり稼いで、社会の居場所を確保しないといけないのではないのか」とずっともやもやしていました。

なぜ悩んでいたかというと、本当はそんなことしたくないからです(!)。心からそうしたいなら、辺境開拓型は悩まずに淡々と取り組むもんね。

モヤモヤするのは行動していないからだ、と自分を追い込んで、暗中模索でブログを書いていました。ほかの占星術師の人みたいに鑑定メニューを考えたり、いろんな占術を勉強しなきゃいけないのかな、と思って手相の本を買ってみたり。でもな〜んかしっくりこなかったんです。

その悩みも、社会維持型の価値観に合わせようとしていたからだったのか、と気がつきました。

同じように生活していても、罪悪感やモヤモヤに悩まされていると、その分エネルギーがモヤモヤに吸い取られてしまいます。辺境開拓型の生き方に自信を持っていいんだ、と自分を肯定できると、全身全霊を好奇心の原動力にすることができます。

「自分の生き方を肯定する」「自分にOKを出す」って自己啓発の分野でよく言われていますが、こういうことだったのか〜という感じ。これはわかりにくいわ。無意識のうちに自分の生き方に感じている罪悪感を手放すということですね。

そうしろと言われてできることではありませんが、誰にでもその「時」は人生に何度か訪れるんだろうと思います。

葛藤しつつも、すでに内向的人間にとっての最適解を選んでいた

この本を読んで、すでに自分が内向的資質を生かせるこれ以上ない環境をすでに手に入れていたことにも気がつきました。

高学歴を全く生かさないできたのも、翻訳のキャリアを完全に捨て去ったのも、何回勧められてもお見合い結婚しなかったのも、同性パートナーとの生活も、すべて自分で確信を持って選んできたものですが、この本を読んですべて肯定されたように感じました。

そして、親には理解されないことさえも、社会維持に有利な価値観の中で生きてほしいと願う親の愛情だということが、実感としてよくわかりました。何が何でも私を認めてくれないのではなく、親心からなのだということが。そして、自分はそれに沿わない生き方をしていることに対して、まったく罪悪感を感じる必要がないということもよくわかりました。ただただお互いのことを理解していなかっただけなのです。

世間の価値観からどんどん外れていく自分の生き方に、いくら確信があっても100%自信がもてないままでした。せっかく最適解を選んで生きてきたのに、自信がもてないままだと最強パワーは出せません。

辺境開拓者としての生き方に自信を持つことができたのは、地味なようでいて大きな分岐点だったと感じています。

内向型の生き方戦略―「社会から出て、境地を開拓する」という生き方提案[Kindle版]

 

2018-08-26 追記

昔ヨーロッパとかパリのサロンで毎晩のように集まって過ごしていたアーティストは 外向的なの??っていう疑問があったのですが、DaiGoさんの『ストレスを操るーメンタル強化術』を読んでいたら、

「内向的な人もホームでは安心して外向的にふるまえる」

という話が出てきました。ホームとアウェイのホームね。

たしかに相方とはいくらでも一緒にいられるし(たまに離れたくなるときもあるけど笑)、ずっと話していられます。

サロン社会もこれと一緒だな〜と思いました。アートって別に社会構造の維持に直接必要なものではないので、やはり辺境開拓型です。いろんな例外については、ホロスコープなどを利用しながらひきつづき考えていこうと思っています。

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