母殺しができているか

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こんにちは、ぼびおです。

心理学ではありとあらゆる問題が幼少期の母親との関係に由来する、というのは常識ですが、自分ではなかなかそのことをがっちり自覚するのが難しいと感じています。

お金のこと、パートナーのこと、仕事のこと、大抵は幼少期の母親との関係で感じたなんらかの寂しさや悲しさが傷となり、深層心理に埋まったまま、今の行動に影響を与えています。母親との関係に特に大きな問題がない人は、対人関係に特に問題を感じにくい。出生図では、4ハウスや月の状態、ノード軸の状態から見ることができます。

私がマザーコンプレックスを最近自覚したのは、ビジネスコンサルタントの女性に「こんなことありました!」「これができました!」って報告したときでした。あ、私これを褒めてほしいんだな、って思った。キモいな〜って(笑)

ママの期待に応えたい、ママに褒められたい、ママを喜ばせたいっていう思考のクセがまだまだ心にしっかり根付いていて、それが承認欲求になっている。他者に求めているかぎり、永遠にその欲求が満たされないから、いつまでも自信が持てないんだよね。

自分で自分を認めて、褒めてあげる。お祝いする。母親とのお宮分けは母親(的存在)を喜ばせようとしないところから始まります。母親(的女性)の期待に応えない。母親(的な人)の愛情を得ようとしないところから。

私は元パートナーの女性に対して、特に付き合いが長くなって家族のような関係になってからは、確実に母親を投影していました。もともとガチガチの同性愛者ではないし、男性に対する傷を持っている、という点も共通していたけど、それよりも母親の代理を相手に求めていた。本当は母親から得たいものを得られて、幸せだったのだと思います。

その得たいものとは、何をしても許してくれる、愛してくれる、どこまでも甘えられる関係です。

私はさらにパートナーに父親をも投影していました。父性的優しさ、頼りがいなども感じていました。尊敬して愛していました。

付き合い始めは対等な個人の関係でいられたけど、生活を共にして長くなるにつれて、特に私がお金のことで彼女に頼るようになってからは、親との問題をそのまま彼女との関係を使って癒そうとしていたのではないかと分析しています。

彼女と一緒にいると深い安心感があったのは、まさに子宮の中にいるような感覚だったからでしょう。

私が知りたいのは、カップルの大半が相手に親を投影しているのではないのか、ということです。自分で自分を愛し、起業して自分に向き合うのがなぜ真の豊かさにつながるかというと、母性と父性を自ら満たすことになるからでしょう。

『甘えの構造』を読むと、相手に母親を投影しやすいのは日本社会の特徴であり、一概に悪いこととは言えない、と。社会の構造にいいも悪いもなくて、ただ現代社会の風潮としては、甘えは良くないこととされて排斥された結果、うつ病や引きこもり、摂食障害、家庭内暴力などのかたちで表現されるようになってきている。しかるべきかたちの「甘え」が必要とされている、といった内容でした。また読み直そうっと。

実は少し前に『甘えの構造』を読んだ時に、ブログにこんなことを書いていました。

両親と暮らすなかで、特に台湾旅行を通じて、互いの「甘え」がとても気になり、今は土居健郎『甘えの構造』と『続 甘えの構造』を読んでいます。これが目から鱗でとても面白いです。

「同性愛的感情の本体は甘えである」など、今まで考えたことのなかった部分に光を当ててくれます。この日本人に特有の甘え合う関係、今までなんとなく避けてきた苦手意識のある部分を言語化してくれているので助かります。

GW明けに焦燥感が抜けてきたこと、夢見と明恵の展覧会、甘えの構造が面白いことなど

私はやはり自分で自分を満たし、自由であることが幸せだと思う。誰かに何かを求めているかぎり、本当の安らぎは得られないだろうから。

それでも人間は、私は弱いから、誰かに何かを求めて生きていくのでしょう。今、自分は相手に何を求めているのか。それを自覚し続けることしかできないのかもしれません。

この母との関係について占星術の松村潔先生が書いた記事もどうぞ:母殺しというのは、魂を奪還することです

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