月を引きはがし、めんどうなことに意思の力を発揮する

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今日の一枚引きは0愚者。ケテルからコクマーへ。異なる次元の世界に入っていく。

昨夜は届いたばかりのグルジェフの本を読んでから寝た。正確には、ウスペンスキーがグルジェフとの出会いから、グルジェフのもとで修行していたときの体験談だ。

やっと目指すべき人に出会えたと感じる。足りないもの、欠けているものに向かって走る7「戦車」のカードが表す意欲か。来年からの火星期はこれでいこう。

ウスペンスキーのグルジェフの描写は、まさに松村先生そのものだ。ただ弟子の疑問に答えるだけでなく、ほかの疑問に対する気づきになるような回答を与える。そしてその話は、しっかりとした説得力と裏付けを感じさせるものだ。そういう存在には、弟子や崇拝者が出てくる。これは惑星を取り巻きにする太陽、恒星人間だ。惑星から恒星に上がるには、恒星レベルからのお招きがなくてはならない。お招きを受けるには、全惑星の要素を揃えておく必要がある。個人天体はいいとして、土星と木星、火星。男性に怯えないか。ボランティア活動に対する感情的摩擦はないか。責任者を客観的に正当に評価することができるか。天王星、海王星、冥王星。規制の枠組みから外に出るのが怖くはないか。自我を失ってたゆたうクラゲのような存在になることに対する恐れはないか。真夜中に貞子が現れても大丈夫か。魔界のもの、神、境界の守護霊に怯えることはないか。これを全部クリアしていれば、おおよそ全惑星意識を獲得していることになる。貞子は怖いよな〜〜

難解と言われるこのグルジェフ本をこれほど面白く読めるのは、昨年から自分が松村思想にしっかりハマっていたからだ。松村先生を知らずには関心を持つこともなかったし、読んでみてもちんぷんかんぷんだったはず。

昨日早朝からの松村先生のZoom講座では、月を対象化するというのは、機械から脱することであり、この機械というのは自分のくせとか遺伝的性質によって意識が眠り込んだままでやっていることだ、という話を聞き、月を対象化するというのがどういうことかやっと理解できた。そしてその晩、お風呂でグルジェフの本を読んでいて、さらにこのことに関する理解が深まるひらめきを受け取った。それは、面倒だと思ってやらでいることや、やりたくないのについついやってしまうことは、すべからく自分の機械性=月に抗うことができないということなのだ。月に乗っかってしまっている状態。

たとえば、脱いだ服をたたむのがめんどくさいから、脱衣場にそのままおいてある。これを、意思の力できちんと畳むよう自分を動かすことができるかどうか。意識が眠り込んでしまっているときに、眠っていることを自覚して、そこに意思の力を発揮できるか。これは11力のカードの練習にもなる。ぼびおはこのところまたキャンディクラッシュにはまっていたが、これも月と一体化している状態だ。脳のドーパミン分泌を求めてボタンを押し続けるラットとなんら変わりはない。そのことに対してこれまで苦々しく思っていたが、その機械的動きに抗うモチベーションというか思想を持ち合わせていなかったので、ダラダラと続けてしまうことが少なくなかった。(苦々しく思っていた、というのが月を対象化したい、という意識の表れではあるが。)実際に昨日、お風呂でもこのゲームをやっていたのだ。しかし、ライフがなくなったのでグルジェフの本を読み始めて、そこで閃きが降りてきた。そのおかげで、自分が機械人間になっていたのだと明白に認識することができた。お風呂から出たときには長年ずっと探し続けてきた「この中毒性の高いゲームと意思を持って付き合うための考え方」をしっかりと手にしていた。まるで気がついたら手のなかに賢者の石を握りしめていたハリー・ポッターのように。その一瞬の変化、風呂に入ってから上がるまでという短い時間に気づきを得たことによって、全く違う人間になってしまった、ということの感動もあった。風呂に入ったときの自分と、出たときの自分は違う人間だった。 そして、この気づきから、仏道者が早朝に掃除をすることも、茶道、弓道など道と名付けられたあらゆる自己鍛錬法で最初に礼儀や型を教え込まれるのも、刑務所では布団の角を合わせてぴっちりと畳むよう指導されるというのも(このため出所者かどうかは部屋を見ればすぐわかるらしい)、すべてこの月を対象化するための訓練なのだと気がついた。ほっておくと眠り込んでしまう意識を揺り起こし、そこに意思の力を発揮できるようにすること。面倒だと思った瞬間に、それに気づいてきっちりと意識を行き渡らせること。どんなときにも、自分の眠りに気づき、それをゆり起こす。座り方がだらしなくなっていたら、正しい姿勢で座る。歩き方教室に通って、歩くときに自分の理想の歩き方を心がける。全部月を自分から引きはがすというのに当てはまる。

タロット道の理念はわかるけど、じゃあそれを日常生活の中で具体的にどうやって実践していくのかずっと疑問だった。月の対象化の具体的方法がわかった今、ほかのことに関しても少しずつ解き明かしていくことができそうだ。 松村先生の言うように、タロット道も茶道とか仏道とかほかの自己修練の道と同じ、というのもしみじみとわかった。数ある道のなかでタロット道を選んだのは、西洋占星術とタロット、水晶、生命の木を使うのが好みに合っているということと、この人、という師を見つけたからに過ぎない。その人の魂のクラスター、出自に応じて、それぞれ同じクラスターの求道者グループに自然と吸い寄せられるのだろう。

この文章を書いたあとにツイッターをひらくと、田口ランディ氏がnote記事を紹介していた。

「意識する」それは人生のハンドルを自分が握ることだ。

このタイトル、まさに11力のカードの話じゃないか、と思ってひらくと、「仙台拘置所に死刑囚・林泰男さん(新刊「逆さに吊るされた男」のモデルとなった方)〜」という言葉が目に入ってきた。昨日吊るしのカードのショートショートを書いたばかりなので、そのシンクロぶりに驚いた。拘置所、というのも先ほどの布団の話とシンクロ。

ピエロの服を着た悪魔 12吊るし

ツイッターはこういう愕然とするようなシンクロが起こりやすい。昨日はコウモリ的存在の出てくるショートショートを書いた直後に、ツイッターでコウモリの泳ぐ動画が流れてきた。

タロットを引いてそれに関するショートショートを書くというのはなかなか大変だけど、どうやらカードに深く馴染むことができるらしい。昨日のツイッターではいけだ笑み先生が自作タロットを公開されていて、そのとき描いているカードと現実が恐ろしいいどシンクロしてしまう、ということを書かれていた。タロットカードにかぎらず、創作活動をすると、深層意識がそれに合わせてしまうのだろう。今日は0愚者のカードについて、ショートショートを書くか。

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