まだまだ残っていた傷

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ハロー ぼびおです。

今日はホーチミンでひとりで過ごせる最終日。誰にも気を使わない環境で、自分と向き合える貴重な時間を頂いています。

今朝はカフェで朝食のパインミーをカジカジしたあと、滞在先の彼女のマンションから少し足を伸ばして、ホーチミンの中心地1区までやってきました。歩いて疲れたからまたカフェ。

ホーチミンって、涼しい時間であれば歩きやすいから、ちょっと遠いかな?と思っても歩いていると、あっという間に着くんだよね。

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半年前、彼女の前のマンションから近くて毎朝のように走っていたTao Đàn公園も通りました。

今日は、今抱えている金銭面でのすごく不安な気持ちを書いてみたいと思います。

 

ぼびおは実家が比較的裕福で、金銭的には何不自由ないように育ててもらいました。

25歳まで父親に養ってもらい、その後7年くらい自分の翻訳技能で稼いだお金で暮らし、それから3年間はパートナーのお金で暮らしてきました。

で、パートナーとのパランス関係が崩れて、今は生活を立て直しているところ。戦後の焼け野原さながらの地に、一体どんなふうにこれからの生活を立て直していこうか、暗中模索しています。(そしてそれにはもちろんパートナーとの今後の関わり方も関係くるのだけど、今はややこしいからそれは脇に置いておきます)

まだ全然どういう生活を送りたいのかイメージが湧いてこなくて、不安でずっと胸が痛いです。

また鬱にならないように、体力的に厳しくて長続きしない働き方ではなく、死ぬまで働くことを前提に働き方を組み立てていこう。その方針だけが決まっています。

前回までに書いたように、自分の身体とのつながりを取り戻して、もうひとりの自分と相談しながら、焦らずに進めていきたいけれど、

「いち早く屋根を作らなくちゃ」「食べ物はどうしよう」「住む場所はどうしよう」「安心できるお家が欲しい」

という不安がどんどん溢れ出してきます。

ぼびおは鬱になってから何度も心がピンチに陥り、その度にパートナーや家族に助けてもらってきました。

パートナーは私のためにたくさんお金を使ってくれたし、家族はいざ住む場所がなくなったら実家に住まわせてくれています。

 

できれば家族に経済的にも精神的にも世話にならず、パートナーとも経済的に自立した大人の関係を築きたい。

でも、自信がない。

そんなこと本当にできるんだろうか。(ママはできなかったじゃないかという声)

怖い。苦しい。辛い。悔しい。

情けない気持ちでいっぱいになります。

こんな自分は死んで欲しいと思っているのに、死ねない。

とことんもがき苦しんで、心が本当に死ぬ寸前までいくしかないのかも。

本当は 彼女にも家族にもたくさんお金をあげたい。自分の力で稼いだお金を、いっぱいあげたい。もらってばかりいるのは、苦しい。辛い。

 

なのに、やりたくないことはできない。

自分の時間をやりたくないことに使いたくない。

やりたくないことばかりして、これまで散々無駄遣いしてきた時間。

もうこれからは、体験したいことだけを体験したい。無理して通すと、完全に心が壊れるのがわかるから。

 

そんな感じでもがいているところです。

 

働いてお金が欲しい。じゃあお金をもらったら、どんな気分?

 

怖い。

 

何がそんなに怖いのかな、と自問してみました。

 

小学校のとき、みんなと同じように放課後に遊んだり、友達の家に行ったりできなかった。いろんな子と一緒になって、一体感を持つ経験がなかった。

だから社会に入っていっても、いじめられるんじゃないか。嫌われるんじゃないか。敬遠されるんじゃないか

って思って怖いのです。

本当は、私もみんなと一緒に無邪気に遊びたい。くだらないことではしゃいでみたい。一体感を味わいたい。

そう思っているんだよね。

それができない自分が嫌い、ということ。

 

実際に複数の人と一緒にいると、相手を見下すか自分を卑下しているし、自分を成長させてくれる人とだけ一緒にいたいっていう選民意識があるし、「もっとこうすればいいのに」って上から目線だし。

うん、基本的に人を見下してるんだよね。

どういう風に見下してるのかというと、

「文句ばっかり言って、自分と向き合わない人って馬鹿なんじゃないか」

これってそのまま、自分の幼少時の母親の印象でした。

 

じゃあ私もやってみようかな。文句ばっかり言って、今の自分を変えようとしない、っていうの。

うん、これ一番苦手だからやってみよう。

 

働きたくない。人のためとかどうでもいい。頭使いたくない。このまま愛されていたい。

⇨ 頑張らなくても愛されていたい。頑張りたくない。このままでいいでしょ?

 

ここまで書いてやっとわかりました。なぜ働きたくない、と思っていたのか。

 

中学受験で小学校生活のほとんどを勉強して過ごしたこと。塾でいいクラスに入るために寝る時間も削って勉強するよう母に強要されたこと。

今も恨んでいるからです。

 

本当は、いい成績じゃなくても、勉強しなくても、努力しなくても、遊んでばかりいるクラスメイトみたいに、そのままの自分でもママに受け入れて欲しかった。

どうして勉強ばっかりしなくちゃいけないの?

どうしてお友達と遊んじゃいけないの?

どうして友達に借りた漫画を勝手に捨てるの?

 

そういう思いがまだ心の底に残っていました。

 

それでもママを喜ばせたくて、一生懸命頑張った。

そしたら、クラスメイトを見下すことでしか、自分の生活を正当化できなかった。

「私は特別だから、塾に行くんだ。私はあの子達とは違うから、勉強しなきゃいけないんだ」

 

でも、本当は勉強なんかできなくてもみんなと一緒に遊びたかった。勉強なんてしなくても、ママに大事にして欲しかった。その思いが成仏できていませんでした。

 

あの頃のママはそうすることしかできなかったと頭で理解していても、心の中にはまだ傷ついた子供の私がいたみたい。

もう癒えたと思っていたけど、まだまだたくさん血が流れていた。

 

本当は みんなと同じように 流行りの歌を聴いたり、好きな芸能人の話をしたり、親の文句を言い合ったり、同年代の仲間としての感情を共有してみたかった。

好きな歌手のコンサートに行ったり、漫画を読んだり、テレビドラマを見たりしてみたかった(テレビは禁止されていました)。

 

インナーチャイルドを癒したら、次は自分とのパートナーシップとか言ってて、ごめんなさい。どうやらかっこつけてました。まだまだ自分のなかの子供が傷ついて拗ねてたわ。

 

東大に入って、「翻訳」っていう親に言いやすい仕事をして、そうやって親に「これでどうだ」って言いたかったみたい。

でも、本当はそんなこと全然したくなくって、大学院も学びたいことがあったから入ったんじゃなかったから、うつで中退することになったんです。

翻訳の仕事もそう。これなら親に認められるから、翻訳家として活躍できるように頑張ったけど、また行き詰まり。

これじゃあどれだけ技能を身につけ立って、社会と健全に関わることはできないはずです。

 

そういう意味で、占星術は親に認められたいからではなく、純粋に興味があったから。芸術関係の趣味も全部、親とは関係ないところで始めたことでした。

 

もう、お母さんへの恨みは手放したい。いい加減前に進みたいです。

親の目を機にすることなく、本当は欲しかったのに遠ざけてきたものを手にしたい。

それは、人と、社会と正面から関わるということ。

人を見下して距離を取ろうとするのではなく、何の技能もない私のままで、いろんな人とお話ししたり、遊びに行ったり、時間を共有できるようになりたいです。

以上、告白でした。

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