占星術、学び始めて1ヶ月

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占星術を学び始めたのは2月なかば。毎日どっぷりハマって、まだ抜けられない。今は何を見てもサインに当てはめてしまうし、すぐに対象のホロスコープを見たくなる。初心者の熱中期、心屋的にいうと、典型的な飛ぶ族のはまりかたです。

でも、そう簡単にホロスコープを読めるわけではないので、日々ジリジリしています。一歩ずつ一歩ずつ、と思うのだけど、ホロスコープにはいろんな情報がてんこ盛りでおもしろいから、つい前のめりになってしまうんだよね。

なんども書くけれど、占星術の世界に足を踏み入れて見えるようになったこと、気づいたことがたくさんあります。

自分のものの見方や考え方がずいぶん偏ったものだということ。まだまだ「世間的こうあるべき像」に囚われていること。自分の頭の中のぼんやりとしているものの、自分にとって実感あるイメージを他者に伝えるには、思い切って言葉というかたちに切り落とさなければ決して伝わらないこと。

ほかにも、焦ってもそういう時期だから仕方ないとか、頑張ろうにもそういう性分なのだから受け入れるほうがうまくいくとか。

今はもっぱら自分の出生ホロスコープを読んでいるところです。自分のホロスコープを読むのって、自分で受け入れることができていない部分に関してはつい目を背けてしまいがちなので、精神的に成熟していないと難しいと感じています。

私は小さい頃から母親に「金魚の糞」「依頼心が強すぎる」と言われ続けてきましたが、さもありなんというホロスコープで、むしろそういう自分を受け入れていくしかないのだなぁ、とそう頭で理解はしているものの、まだまだ「自分ひとりでなんでもできる強くたくましい人」に憧れており、そこを手放せていないなぁ〜と今更ながら気がつきました。

一度は「大人になれない自分」を受け入れられたと思ったのに、またこの憧れが顔を出してくる。

…いや、オトナに憧れるというより、自分を生かすかたちで社会に貢献できる人に憧れている、という方が正しいかもしれない。

今の私は太陽期の最後の時期を生きているところです。太陽期の26〜35歳は、人生の意義を能動的に作り出す時期、人生の目的を発見する時期。果たして26歳からの8年間に自分を輝かせるあり方を開発することができたと言えるのだろうか、とふりかえっています。

この十年間は、親の価値観を相対化してそこから抜け出すこと、パートナーとの人生を生きていくと決意することが最も大きい自己革命でした。親の価値観にそぐわないパートナーという点で、このふたつはコインの裏表でもあります。

そういうかなり大きな仕事をやり遂げたぶん、社会参加の方はしりすぼみに終わったと感じています。翻訳の仕事は辞めてしまったうえにまたやる気もないし、今は本を読んだり楽器を弾いたり絵を描いたりと完全な高等遊民生活。そして、そんな自分にOKを完全には出せていないのです。

とはいえ、私のホロスコープを見る限り、社会参加に積極的とはいえそうにありません。天体は3ハウスから8ハウスまでに分布しており、個人的活動から一対一の深い関係、というところで終わっています。天体が一番多いのは木星、天王星、海王星がある趣味道楽の5ハウスです。

…でも、できないことの言い訳にホロスコープを使ってはいけない、とも思うし。積極的に人と関わっていきたいのであれば、そうするうえで自分の活かせる部分はなんだろう、というふうに見ていかないと、ホロスコープに飲まれるだけです。

占いならなんでもそうだろうけれど、占う対象となっている人がどういう意志を胸に抱いているかによって、その先の道筋は変わってくるはず。

あと少しで終わる太陽期。もうひと押し自分の人生の開拓にエネルギーを注いでいこう。

(この記事は前身のブログから転載したものです。)

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