投影の引き戻しがマイブーム

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2018年10月に10日間の瞑想合宿ですっかりヴィパッサナー瞑想の素晴らしさのとりこになったぼびお。

2019年3月の春分に、心頼みにしていた小池龍之介さんが解脱の旅から帰国して挫折と懺悔を発表したのを受けて、「解脱ってやっぱそんな簡単にはいかないんだ〜」と撃沈しました。

解脱への希望は絶たれたけれど、瞑想するととても楽になるし、頭もスッキリするので続けていたのです。

が、ゴールデンウィークの両親との台湾旅行でひとつはっきりしたことがありました。

それは、

「父も母も瞑想して人格を改善すれば幸せになれるのに〜〜〜」

と思っていたけど、そしてそれは当然の願いだと思っていたけど、やばいレベルの筋違いだったということです。

台湾旅行では3人同室(!)という試練旅行だったので、朝晩の瞑想を親の前で見せることになりました。その時に、自分の中に得意げな気持ちがあることに気づいたのです。。「こういう風に鍛錬しねーからお前らはそんなんなんやぞ!」みたいな(あ〜〜〜〜〜〜〜恥)

合宿ではちゃんと(虚栄心が出るから)人前では瞑想するなと教わるんですが、なんせ両親と数日間ずっと一緒にいるわけで、瞑想しないで平静さを保つことはできないと思い、できるだけひっそりやっていました。

旅行から帰ってきて、しばらくしてからなぜか瞑想をサボるようになり、なんでかな〜〜?と自問してみたところ、自分の中にとても強く「親を変えたい」と言う思いがあったがために瞑想を意地になってやっていた部分があるのではないか、ということに気づきました。

心のどこかで、「お前らのために瞑想して自分を高めてやってんだからな〜〜!」というゴーマニズム宣言ぼびおが君臨していたことをここに懺悔いたします。。

自分がまず執着と嫌悪から自由になり、人格が成長すれば、自然と周りに影響が及び、感化していくんですね。最初から「あの人のために」というのは瞑想初心者が陥りやすい魔境なのだと気がつきました。やばいやばい。

とにかく人に言いたいこと、人に対して腹が立つこと、人に対していいね!と思うことはなんでも本当は自分に言いたいことなんだよな。この「投影の引き戻し」をもっともっとやっていきたいです。

となると、、ずっと悩みだったおとんのタバコ問題も、そうなのか。

「受動喫煙になる!」「息が苦しい」「髪の毛に臭いがつく!」「迷惑!」

という言葉は、そのまま私の思考に対する本心の言葉だとすると、

インターネットからいらない情報をたくさん吸い込んで、息苦しくさせないで!自分の本音を窒息させようとさせないで!

という感じかな。がぁ〜〜〜ん。

で、今やってみて分かったのは、夢日記と同じで、本人が自分の本音を探ろう、としないと本心のメッセージをうまく解読することはできない場合がある、ということでした。いわゆる「思い当たるフシ」(この場合はインターネットで不要な情報を見過ぎ)というのが本人にしかわからないことがあるので。

でもこの「投影の引き戻し」を身につけると、何が起きても全部、自分へのメッセージ、アドバイスになるね。すぐにないがしろにしてしまう自分の肚の声、本音の部分との関係を少しずつ取り戻していこう。

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