春分を前にして大きな転機 小池さんのこと

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昨日、旅先の小池龍之介さんから出版社サンガ編集部に連絡があったとのツイートが流れてきた。

 

リンク先の記事には、小池さんの懺悔の音声Youtube動画のリンクが5本あり、全部聴きました。(Youtubeは一定期間後削除されるそうなので、リンクは貼りません)

懺悔の主な内容は、小池さんが解脱に近づいていると感じていたのは妄想であることに旅の途中で気がついたこと、そして解脱が近いという妄想を書籍に載せて拡散してしまったことに対するものでした。大変な罪を犯してしまったと、動画音声のなかで何度も謝罪されていました。

このことは私にとってもちろんショックでしたが、ある意味でホッとしたとも感じています。

本当に自分と同時代、同じ社会で生きる人が解脱できたなら、自分にも解脱できるチャンスがあるかもしれないと期待していた反面、そううまくいくだろうかという気持ちもあったからです。

「解脱できなかった、ごめん」と率直に伝えてくださったことにより、「やっぱそうだよね、そう簡単じゃないよね」と「今生で解脱するんだ」という意気込みがいい意味で抜けました。

そして、自分の抱いていた妄想と甘さ、弱さが小池さんと同じく浮き彫りになりました。

・解脱するためにいつかは出家するかもしれないという思い。だから結婚はできないし、出家する準備が整うまでは翻訳の仕事で食いつながなければいけないという思い込み。

・解脱すればやっとこの生という苦しみから抜けられるという「生まれてきたこと」に対する嫌悪。

・解脱した小池さんが帰国すれば、サンガに加わり解脱に向かえるだろうという依存心。

・今生で解脱できる可能性があるのだ、という無明。

これがみな打ち砕かれました。

しかし、小池さんが身体を張って出家と放浪の旅を実行し、それにより自らの弱さを思い知ったということを共有してくれたおかげで、出家や放浪の生き方に幻想を抱いていた私はその苦しみを味わうことなく、素朴な真っ当な道へ戻ることができるかもしれません。

そんなことをしてくれる人はほかにいないので、これほど感謝すべきことはないのです。

出家と解脱を前提に生き方を考えていましたが、これを皆一から見直していかねばなりません。

結局、親の言う通りだったのかもしれないなぁと思い始めています。

自分が「正しい!」と思っていたことはみな、スポイルされたお嬢さんの考え方であり、いつまでたっても子どもだったということです。

・「女性でも仕事をして自活して生きていける。それこそが新しい時代の生き方だし、親の考えは古い」というのは、こと私に関しては当てはまらないのかもしれない。生まれた時から見ている親が私の適性を正しく見抜いている可能性が大いにある。

・「男女の結婚という生活形態は私には当てはまらない」と思っていたけど、結局男性に守ってもらうことを前提に生きてきたのではないか。そして、経済的にというより、生きものとして、男性が女性を守るというのはあり得るのかもしれない、という考え。自分の弱さを受け入れるということ。男性に依存する生き方は「ダメ」だと決めつけていたが、依存することを恐れすぎていたこと。依存することへの強い恐怖心。

・日々の瞑想を通じて解脱に向かう在家の生き方こそ理想だと思っていたが、現世でひとりの素朴で平凡な人間として生きていく方が修行になるということ。戒律を守り、瞑想を実践し続けるのはいいが、「自分はほかの人とは違う生き方をしているんだ」という考えは慢心でしかない。

・QHHTで体験したスターピープル としての記憶も捏造だったかもしれないし、結局自分が何ものかはわからない。死ねばわかるかもしれないし、死んでも何も残らないのかもしれない。

・何ものでもないこの肉体とともにある生命。その所在無さを受け入れて生きていくしかない。

・翻訳の仕事で自活していこうとしていたのも、「パートナーだとしてもお互いに経済的に自立していたい」と言う彼女に対して、そして「経済的に自立するのは難しいから結婚するべき」と言う両親に対して我を張っていた部分がないとはいえない。

・本当は自然にできることをして、できないことはできないから誰かにお任せするしかない。できないことも自分なら全部できるはずだ、と自分に言い聞かせるのは慢心でしかない。

そんなことを考えさせられました。

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小池さんの今回の解脱失敗のお知らせと懺悔は、私自身にその甘さを突きつけてくれました。甘いのはわかっていたけど想像以上に甘かった。

小池さんは自分がもうすぐ解脱できると公表したために、天地自然の怒りを買い、全く瞑想できなくなってしまったそうです。

瞑想できなくなれば、あっという間に暗闇に呑み込まれる、というのはわかっていたけど、天地自然が怒って瞑想できないようにしてしまう、というのは知りませんでした。

たしかに日々瞑想できること、それだけで十分すぎるほどに恵まれているのです。

以前から、子育てや結婚生活で自分の思い通りにならない生活では、瞑想の実践もままならないだろうということはわかっていたけど、神や精霊と呼ばれる高次元の生命体を怒らせてしまうことによっても瞑想できなくなってしまうということは考えたことがありませんでした。

今、こうして瞑想生活を送ることができているのも、Something let me do it ということ。「自分の意思で」やっているのではなく、そうさせてもらっているにすぎないのです。

瞑想だけでなく、何もかもがそう。今のこの生活、人との関わり、モノとの関わり、肉体の状態、すべて。

小池さんの懺悔のおかげで、自分のなかに動かせないでいた大きな慢心があったことに気がつくことができました。

この慢心から派生していた妄想、思考がぽっかりと空洞になり、そこに真空状態が生まれています。

春分を前に、大きな変化が起こりつつあるのを感じます。

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春分といえば、私の住んでいる場所の近く、奈良の飛鳥でブリミ恥部さんがイベントをやるらしい。宇宙タイミングであれば、参加するかもしれません。

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