パートナーが去ってから、確実に学びは進んでいます。私が道に迷っているのを知り、叔母が読み古した本をくれました。
作者は修道士の渡辺和子さん。
たとえば題名と同じ「愛することは許されること」という章は、こんな風な書き出しです。
神さま あなたにあいたくなった
こんな気持ちになくことがあります。どんな時かといえば、やはり、人間関係に疲れた時、特に、人から誤解されたり裏切られた時がそうです。
(中略)
人間は所詮神さまでないし、人間は誰しも自分が一番可愛いのだし、そういう人間に期待しすぎてはいけないのだということも習いました。
(中略)
許したいと願い、許さなければいけないと頭ではわかっていても、その人と生身で接すると、つい相手を避けてしまったり、冷たい態度になったり、優しい言葉が引っ込んでしまうのです。
まさに今の私の心境にぴったりで、心に突き刺さる箇所ばかりでした。
そうして、私よりもずっと厳しい状況を生き抜いてこられた先人の言葉を読んでいるだけで、今の状況に対して新しい見方をすることができるようになり、心が格段に楽になりました。
深い苦しみを経験してきた人の言葉は、力強い励みになります。
見えなかったものが見えるようになり、自分の愚かさと犯してきた過ち、周りの人の深い思いやり、その人たちの経験してきたであろう痛みがわかるようになる。
死の苦しみは必ず、生まれ変わりをもたらす。
私はキリスト教徒ではないけれど、何の罪もなかったキリストが十字架につき、人の裁きを受け入れたことを思うと、数多くの誤りを犯した私が裁きを受けるのは当然だという気持ちになりました。
以前の私なら、こんな風には考えられなかったでしょう。「自分を大事にする」という言葉を履き違えていたからです。
「どうしてこんな目にあうのだろう」
そんなこの世界の不条理を受け入れ、許すこと。
自分が過ちを犯したことを受け入れ、それに対して言い訳をしないこと。
人から受ける誤解を解こうとしないこと。
自分を大事にするとは、本当はそういうことなのかもしれません。

(この記事はアメーバブログから転載したものです。)
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