この世で天国を生きるには

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こんにちは、ぼびおです。

小さい頃から感じてきた生きづらさ、違和感への答えが、最近ようやく見えてきました。

恐れを受け入れて手放し、解放して、愛と喜びから生きること。

何かを判断するときは、外部の基準ではなく、自分自身の放っているエネルギーによってのみ判断すること。

意識が影響を与えられるのは、今この瞬間のみであると知り、一瞬一瞬、恐れを浄化して愛と喜びを選択すること。

でも、これをパートナーから別れを切り出される前の自分に伝えようとしても、うまく伝わらなかったでしょう。自分がどれだけの恐怖や不安を抱えて生きているかというのは、物の見方を変えるような出来事が起きたり、衝撃的な出会いがあったりしなければ、自分で気づくことすらできないからです。

それと同時に、今までの行動がいかに愛ではなく、恐れに起因するものだったかが見えてきました。

婚活への焦りは社会的承認を得られない怖さと将来の不安を解消するため。

仕事への焦りはお金がない不安と経済的に自立しなければ社会から糾弾される、という恐れのため。

入念なお化粧は人から見下されないため。

…ただ、物質次元では愛と恐れは微妙な違いしかなく、見分けるのが難しいとも感じています。

たとえばお肌の手入れをするとき、自分自身へのいたわりと感謝からするのか、老いへの恐怖からするのか。

電車で席をゆずる時、相手への思いやりからなのか、人目を気にしての行動なのか。

婚活ですら、すてきなパートナーとの出会いにワクワクしてやるのか、将来の不安や社会から外れることへの恐れからするのか。

愛と恐れ、一瞬ごとに両者が入れ替わり立ち替わりして、見分けがつかないことがほとんどです。愛から始めたことが、いつの間にか恐れに取って代わっていた、ということもよくあります。

一瞬一瞬を生きるとは、それをいつも判別して気付いているかどうか、ということです。このような生き方をすると、日常生活が常に禅や瞑想の境地になります。

そして、そのような生き方をするなかでもとりわけ大事なことは、例え自分が恐れから行動していることに気付いても、その自分を決して責めてはいけない、ということです。恐れから行動していたことをただ認めて、その恐れを感じなおすことによってしか、浄化、解放することができないからです。解放しなければ、再び同じ恐れのエネルギーを感じる体験をすることになります。言い換えれば、浄化・解放のチャンスは何度でも訪れるということです。

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小さい頃から感じてきた違和感は、この世界があまりにも恐れによって支配されているにも関わらず、それを解放して愛を生きる方法を誰も教えてくれないことからくるものでした。成熟しているはずの大人がみな、恐れや不安から行動しているのが恐ろしく、私自身もまた次第に恐れに支配されていきました。現実世界はそのようにできている、と理解し始めたのは30代になってからでした。

この世界には愛と恐れしかない、ということは2010年にSITHホ・オポノポノを通じて知識として知りましたが、はっきり言って、一体なんのことを言っているのかさっぱりわかりませんでした。

2018年秋に出会ったヴィパッサナー瞑想も、やはり瞑想を通じてひとつづつ恐れを手放す方法でした。

2019年にパートナーと突如別れることになり、これまでに経験したことのないほど大きな恐れ、絶望感、不安に翻弄されて、瞑想からも遠ざかっていきました。しかし、その恐れや不安と向き合うなかで、恐れは自らの思考によって意識が本来の自分からズレている、という合図でしかない、ということがわかってきました。瞑想や祈り、心から楽しめることを通じて拡大した自己である本来の自分とつながり直すと、途端に本来の自分の状態、落ち着き、安堵感、慈悲、無条件の愛の状態に立ち返ることができるということがわかってきたのでした。

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現代社会の常識はすべからく「恐れ」に基づくものなので、恐れを手放して愛から生きるというのは、世間の常識から外れることにほかなりません。そして、世間の常識から外れること自体が新たな「恐れ」を生み出します。

しかし、恐れや不安を感じるたびに、丁寧に自分と接続し直す。プラグが外れたら、何度でもまたつなぎ直す。すると神の気とも言える電流が流れて、インスピレーションのもとに人生を生きていくことができます。きれいごとのようですが、もうその生き方しかできません。

思い返せば2007年に初めて鬱になって以降、本来の自分から「もう以前のように世間の常識に合わせる生き方はできないのですよ」ということを何度も突きつけられながら、ほんの少しずつそれを受け入れてきたように感じています。

不安になると、どうしても世間の常識に合わせようとあくせく働き、行動するのですが、その度に強制終了の憂き目にあい、本来の自分とのつながりを持つ方向へ人生が展開していく。これを何度も何度も繰り返してきました。

今回でいえば婚活がそうです。インスピレーションからではなく、主に恐れから行動していました。そしてお仕事に関しても、外部の情報を必死で取り込んで、もっともっと自分に足りないものを補う必要があるのではないかと勉強していました。怖かったからです。

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この1週間、カナダでインターネットとほとんど繋がらない時間を過ごし、パートナーと別れてからずっと身についていた恐れをしっかり見つめることができました。自分が怖くて仕方がなかったことをやっと認めることができたように思います。

これからの人生でも、不安や恐怖は次々にわたしの心に浮かび上がり、道に迷うこともあるでしょう。それでも少しずつ、自分が本来の道を歩いている時間は増えてきたと感じています。

両親や祖父母、弟家族とまたこのように一緒に過ごすことができる喜び、奈良の山々の美しさを愛でること、生まれ育った家とのコミュニケーション、占星術をお仕事にできていること、大好きなブログを書くことができること、愛から生きる人たちと出会い始めていること、そういう時にわたしは本来の道にいる、と感じます。

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