ドラゴンボールと全惑星意識

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アメーバでブログを書いていた頃は、朝起きたらアメーバで読者登録しているブログとTwitterチェックしていた。今は、ブログの更新情報はFeedlyにお任せしているのだが、あまりにもたくさんのブログを登録したためにかえって読む頻度が落ちていまい、こまごまとチェックする主な情報収拾源はTwitterだけになっている。存在をまったく知らなかった人やブログ、本などの情報が流れてくるのが面白い。たまに「これ気になる!」というものに出会うと、もうそこから芋づる式にその人のブログを読んだり本を読んだりして一日たってしまう。。

今日もそんな日でした。吉本ばななさんのツイート(なんとアメブロ始められたそう→ 「よしばな日々だもん」)から みゆさん という人の「自伝」が面白いらしいと知り、noteを読みに行ったら十数話以上あるシリーズを一気に読み終わってしまった。さらにそこから有料記事の「裏自伝」も読み、みゆさんのホロスコープを見たり、その自伝の内容の濃さに当てられて散歩したりしていたら 、夕方になっている。

みゆさんの「自伝」はこちら→ note の記事

これだけ詳しい自伝を読んだらホロスコープの読みがいもありそうだけど、読んで文章にするのはわりとエネルギー使うからその気になったら読みます。

で、今日はそれよりも、みゆさんがブログで「秘行」として公開している自己イメージ解放法が面白かったので、それについて。以下みゆさんのブログから引用です。

秘行のやり方

1・自分の中にある、思い込みをみつける

2・自分自身を、その思い込み通りの人として客観視する

3・どんな変化(感情の変化、視点の変化、気づき、体感の変化)が起きてくるのかを眺め、感じる

4・自由に自分自身と接することを楽しむ

引用終わり 詳しくはみゆさんのブログをぜひ読んで見てください。

ぼびおはつい先日、これと似たような、でも正反対の自己イメージ改善法を思いついて試していた。それは鏡で「自分のなりたい人格」が宿っている人だと思いながら自分を眺める、というもの。

みゆさんの方法との共通点は、自分を客観的に眺めるところ。違う点は、私の方法では「なりたい自分」にフォーカスするのに対して、みゆさんの方法では「自分の手放したい思い込み通りの自分」をイメージするということ。これが効く!!試してみると、すぐに瞑想状態に入りました。歩いていても,すぐ入れる。

まずはじめに「お金を使ってばかりで生活力のないニートなパートナー」として,自分を彼女の視点から眺めてみた。

すると,自分のなかで何かがいごいごと動くのが感じられる。うまく言えないけど、これが面白い。なんかクセになる。

あんまり面白いからほかにも試してみました。

今週はタイにいるのですが、歩きながらすれ違った人に「今この人にこんな風に思われている気がする」というのが浮かんだら、すぐさま秘行。

「この女なら何か失礼なことをしても怒らなさそうだ」

「日本人ならだまして金を高く取ろう」

「この庶民め」

と自分をもうひとりの視点で眺めてみる。

わりと自己イメージは高くなってきた方だと思ってたけど、まだまだ低かったということがよくわかる。そして、このワークをやればやるほど自信と落ち着きが自然に湧いてきて、自己イメージが高くなるというよりも、感覚がニュートラルになっていくのを感じました。感覚をじっと見つめていると、消える、という法則だね。

松村先生のタロット道をやる前に、これをやれっていうことなんだ。だからこのタイミングで出会ったんだ、と解釈しました。

最近は何が起こっても全部大きな自己がやっていることだと考える思考パターンが定着してきて、松村先生の言うところの全惑星意識が発達してきた。

2009年ごろからはまっていたSITHホ・オボノボノでも、起きていることは全部自分に責任がある、と言われている。この感覚はとても重要で、これがあるかないかによって出来事の意味はまるきり変わってしまう。ぼびおは占星術と松村先生の思想を学んだことによって、この感覚を明確に理解できるようになりました。

問題を経験しているときの次元よりひとつ上の次元に「自分」を置くと、それまで問題だと思っていたことが問題で無くなる。「小さな自己」が体験している事象は,「大きな自己」のエネルギー表現にすぎない。小さな自己から見れば問題であっても、大きな自己からみれば、ただのエネルギーの動きであり、問題という風にはまるで見えないのだった。

ひとつ上の次元に置くと言うのは,自分を客観して少し上から見守る視点を獲得する、いわばハイヤーセルフとか守護存在と同化するということだ。

占星術で言えば、金星とか太陽とか火星という惑星意識から離れて、全惑星を統合した全惑星意識を獲得するということ。もちろん上には上があるので、自分を「自分」と認識する範囲が広がれば広がるほど、自由度は高くなっていく。

とは言っても、低次元の問題を経験しなければ,上への扉を開くのに必要なドラゴンボールは集めることができない。飽きるほどその「問題」を体験しないと、その惑星体験に相当するドラゴンボールをもらえないのだ。

ドラゴンボールはひとつひとつが占星術でいう7つの惑星に対応している。ある惑星が表す体験にエネルギーを注ぎ込んでもうその体験にすっかり飽きてしまい、興味が持てなくなると、いつの間にかその惑星に対応するドラゴンボールを手にしている。ドラゴンボールが全部そろって全惑星意識を獲得できたとき、シェンロンが登場して願いを叶えてくれるのだ。でも,その頃にはその願いへの執着はなくなっていて,どうでも良くなっている。

たとえば,ぼびおは2007年ごろから「鬱状態」を体験し始めて、以後数年間それにはまってしまっていた。死にたい,という暗い気持ちに沈むのは、辛いはずなのに、どこか快感があるのだ。そして、5年以上経って、もう鬱でいることにいい加減飽き飽きした、と思えたときに鬱状態を脱して、やりたいことをやろうという意欲が出てきた。恋愛の悩みもそう。学歴コンプレックスもそう。同性パートナーを持つことの葛藤もそう。全部、散々味わい尽くしたら飽きて、飽きたらそれまで問題だと感じていたことが全く気にならなくなりました。

ただ、その「問題」を体験しているときに無理に「次へ進もう」としても進めない。とことんどっぷり体験に埋没して感情を味わい尽くさないと、中途半端では先に進めないようになっている。だから、鬱に浸りたいときはとことん鬱でいればいいし、被害者意識に浸りたいときはそうすればいい。他人がどうこういうことではない。どれもこれもシェンロンを呼び出すには必要な体験なのだ。

というわけで,今はみゆさんの「自伝」をはじめ、誰の体験談を読んでも、「かわいそう」「え〜ひどすぎる」というように、同じ次元に降りて共感するということがなくなりました。みんなそれぞれのかたちで自分に必要な体験をしているんだね〜、という感じ。みゆさんも、自伝の最後ではその問題を体験していた次元から抜け出していたし。

この世で何か「問題」を経験しているときは、表面的にはどんなに辛いものであっても、それは自分が仕組んだもの。その体験の訪れるルートはジオセントリック(天動説の)占星術のチャートに出ているし,それを乗り越えてもはや「問題」と感じなくなったらヘリオセントリック (地動説,太陽中心)占星術のチャートを生きるようになる。そして,惑星を使うことに慣れたら、恒星パランやヘリオセントリック でリンクしている恒星の強力な力を使えるようになってくる。人それぞれみな、その旅路のどこかにいて、それぞれのペースで進んでいるだけ。ただ、違う次元の人でも同じ時空間を共有できるのがこの地球の特殊性であり、スリリングな点でもある。

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